ヤマハ発動機によるエンジン共同開発


トヨタ2000GTは楽器メーカーのヤマハとの共同開発で製作されました。

TOYOTA2000GT出典:http://www.ac-illust.com/

ヤマハの本気!?10ヵ月で試作車を完成

1954年からオートバイの開発を始めてヤマハは、1959年からスポーツカーの研究に乗り出していました。
DOHCエンジンを開発するとエキスパート的存在となるくらいの技術になっていました。そのため驚異的な短さで1号車を仕上げました。

1965年に行われた東京モーターショーでは、ホンダS800、いすゞ・ベレット1600GT、スバル1000など有名どころが展示される中、低く構えた流麗なスタイルのトヨタ2000GTが人々を驚かせました。 1

ヤマハは楽器だけでなく、エンジンの開発でも名を挙げているといいうのは驚きでした。

速いのは製作期間だけではなかった!

78時間1万マイルスピードトライアルで3つの世界記録を更新しました。
この経験が耐久レースでの勝利を生み、さらに市販車の信頼性を高めたのです。
他、数々のレースで功績を挙げています。 2
ヤマハをパートナーに迎えたトヨタはこうして新たな伝説を作り上げたのです。

ヤマハでなくてもトヨタ2000GTは完成していた!?

このような記事があります。

最初はトヨタスポーツ800のこともあり、関東自動車に生産を依頼する予定だったんです。でも、のちに関東自動車の社長をしたこともある稲川さんから「2000GTはヤマハ発動機と組むぞ」と言われ、驚きました。ヤマハも4輪進出をめざしており、川上源一社長が強く推したようです。

出典:Nostalgic Hero誌 Vol,30 P62

『もし当時、トヨタがヤマハと技術提携をしていなかったら…。
それでもトヨタ2000GTは、当初の予定通り関東自動車の手を借りて誕生していた、ということになります。』と参考にしたサイト 3 では言われていますが、完成はしていたでしょうけど、やはり伝説と言われるところまで知名度は上がらなかったのではないかと私は思います。

と言うのも名前の売れている楽器メーカーが、畑違いのモノ作りをして、かつトヨタ自動車と共同開発するということが周囲の関心を集めたのだと思うのです。また、当時、DOHCエンジン開発においてヤマハは、エキスパートクラスであったのですから、技術、知名度ともに2000GTの完成度の高さは火を見るより明らかです。